2月14日(火)、シネマサンシャイン土浦にて。
 魔術師たちがビルの壁を走るシーンは『恋愛準決勝戦』(51)にエッシャーのだまし絵をブレンドさせたみたいだし、時間の逆回転するシーンは映画を誕生させたリュミエール兄弟の時からの視覚効果でありながらアイディア満載で、主人公が強大な敵と対決するクライマックスで、“永遠に負けてやる”ことで“勝利”する展開は、時間と空間の芸術である映画との相性が抜群である。
 あまりにもキッチリとした仕上がりのため、「良く出来てるね」という言葉以外に何もないが、気まぐれな“浮遊マント”がチャーミング。主人公の涙を拭いてやるところとか、イイ感じ。
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 2月11日(土)、シネマサンシャイン土浦にて。
 本作の監督である矢口史靖は、ハリウッド製パニック映画を『ハッピーフライト』(08)で日本製ウンチク職人映画に変換していたが、今回はディザスタームービーを家族再生コメディ映画として演出している。情報がほとんど入ってこない中で、ひとつの家族のサバイバルを描いているところも、スティーヴン・スピルバーグの『宇宙戦争』(05)に似ている。
 しかし、どこか時間が停止したかのような空間で展開される物語は、父親が離れ離れになった妻や子供たちと意外な場所で再会するような、相当にバカバカしいシーンがありながらも、日本中が停電して人々が右往左往するという、現代人ならではの「悲劇」にコメディが押され気味で、もうちょっと「笑い」が弾けていればなぁと、少々残念。まぁ、矢口が監督していなければ、単なるシリアス映画にしかならなかったのかもしれないけれど・・・。
 それでも、「この子たちの分だけでいいから、お願いします!」と人目も憚らずに叫びながら土下座して食べ物を分けてもらおうとする、小日向文世の“ダメ親父だけど頑張ります!”な演技や、どこかトボけていながらも、主婦の知恵を使って困難を切り抜ける妻を演じた深津絵里のように、登場人物たち全てがしっかりと描かれている。特に、電気がなくとも生きる術を弱り切った家族に教えことになる、たった一人で田舎に暮らすたくましい老人を演じた大地康雄がとてもイイ。
 そして、目の見えないおばあさんが暗いトンネルの道案内でお金を稼いだり、水族館の魚たちを焼いて食べることにしたり、煙をモクモクと上げながら蒸気機関車が動いていたりと、あっと驚くアイディアで観客を引きつけるところは、やっぱりいつもの矢口である。小日向が鼻血を拭いた時、千切れたティッシュが口の上にこびりつく描写も、相変わらずウマい。
 2月4日(土)、MOVIXつくばにて。
 『深夜の告白』(44)や『黒い罠』(58)といったモノクロのフィルム・ノワールでは、白と黒のコントラストが抗いがたい魔力を映像から放っていたが、ずっと以前にカラーとなり、しかもデジタルで上映される現代のノワールには、陰影を押し殺したフラットで冷え冷えとした画調が相応しい。
 登場人物たちの台詞の応酬によって緊張感の漂う場面では、一方の表情を映さないことで、観客にその心理を想像させようとする意図は理解できるが、それが充分な効果を引き出してはおらず、教会で主人公と殺し屋の命を懸けた闘いを捉えていたカメラが、死の危機に瀕している主人公の妻に近づきながら180度回転するワンカットも、無駄にスタイリッシュなだけで、なんだか『スネーク・アイズ』(98)のブライアン・デ・パルマのようだ。
 それでも、そんな“見得を切った”映像には妙に引きつけられるし、大御所であるアンソニー・ホプキンスの冷徹な表情とアル・パチーノの大仰な演技を目にできるのも、やはりウレシイ。
 悪女の登場に大企業の陰謀が絡み、黒幕が暴かれて一件落着かと思いきや、『ゴーン・ガール』(14)のような毒っ気をはらんだラストを包含して、「フィルム・ノワール」という巨大なブラックホールの“イケナイ魅力”には、いつも引き込まれてしまう。
 1月27日(金)、シネマサンシャイン土浦にて。
 主人公の賞金稼ぎが、蜃気楼のように地平線の彼方から登場するシーンは、『荒野のストレンジャー』(73)のオープニングを想起させ、彼と町を支配しようとする資本家との因縁は、まるで『ペイルライダー』(85)のようであり、虐げられた人々を助けようとする「正義」の根幹に「復讐」の情念が漂わせた展開は、『荒野の七人』(60)のリメイクでありながらも、どこかクリント・イーストウッドの手がけた西部劇を彷彿とさせる。
 とは言っても本作の賞金稼ぎは、イーストウッド作品の主人公たちのような“幽霊”ではなく、あくまで“人間”として描かれているが、文明が発達するにつれて時代に取り残されてゆく存在が、皮肉にも住民たちの一縷の望みとなる展開は、『シェーン』(53)をもイメージさせ、やはり“幽霊”による悪党退治である。
 7人のプロフェッショナルと町の人々との絆がそれほど描かれていないため、互いに協力し合う過程のエモーションがちょっと薄いし、悪漢の手下がそれほど強くもなく、もっと暴れてくれればアクションのテンションが上がったかと思うと、少々残念だ。
 それでも、アップを用いて登場人物たちの間に迸る緊張を引き出した演出や、ならず者の一団が馬に乗って荒野を駆け抜けるのを高速移動で捉えたカットの臨場感は、とにかく迫力がある。
 そして、ヒーローたちの決断に熱気が立ち込めるところは、やはり監督のアントワーン・フークアらしい。
 1月24日(火)、シネプレックスつくばにて。
 15年分の会社の帳簿を、一夜にしてホワイトボードだけではなくガラスまでも、マーカーを使って数字で埋め尽くしたり、己の持つ高度な殺人スキルで追手の息の根を止めた後、呆然とする老夫婦にチラッと右手をあげて去っていったりと、目の前の物事にしか集中できず、人とのコミュニケーションが上手く取れない主人公を、超人的な能力だったり、冷えたユーモアだったりと、それぞれの場面で様々に描き分けた演出がイイ。
 また主人公が、集中する直前に、片手ずつ指を合わせて息を吹きかける仕草は、「儀式」そのものであり、『サムライ』(67)や『イコライザー』(14)のような裏稼業のプロフェッショナル映画の系譜として、画面に映える。
 しかし、物語に仕掛けられた数々のサプライズが効いてはいるものの、登場人物たちがそれぞれ活躍する場面が長いためテンポが遅く、終盤での「実はね・・・」な展開が、作品を一気にブラック・コメディにしており、ちょっと面食らった。ラストも強引に「イイ話」を挿入した感じで、映画のトーンにばらつきがあるのが少々気にはなる。
 それでも、空の薬莢がバラバラとはじけ飛ぶ銃撃戦は、なかなかの迫力。アナ・ケンドリックもカワイイしね。
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Author:HORIDASHIDOGU
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