3月19日(日)、USシネマつくばにて。
 「俳優の映画」である。
 主人公を演じたケヴィン・コスナーは、自分に歯向かう人間を容赦なくボコボコにしたり、順番待ちの列に割り込みして罵声を浴びせたりと、相当にヒドイ奴なのだが、これまでのイメージとは想像もつかない役を引き受けた度胸と、徐々に暴力的な感情が変化してゆくのを演じられる力量がスゴイ。
 また、手術直後でベッドに横たわるコスナーから、彼の脳に移植された工作員の記憶を引き出そうと、激しい口調で質問を浴びせかけるCIAロンドン支局長を演じたゲイリー・オールドマンの迫力と、それでいながら行動がコスナーより一歩遅れてしまう情けないところが、なんとなく『フィフス・エレメント』(97)の頃の彼を想起させた。
 トミー・リー・ジョーンズは、「ちょっと映画に顔出してみました」程度の出番ではあるが、その存在感はやっぱりベテラン。『逃亡者』(93)や『ハンテッド』(03)で演じたような“追っ手のジョーンズ”ではないのは、まぁしょうがないか。ガル・ガドットは、その美しさだけで、もう最高です。
 アメリカの原子力潜水艦や軍事基地のシステムがハッキングされ、いきなりミサイルが発射されてしまうシーンは、登場人物たちが物語を牽引してゆく作品のスケールを崩してしまっているし、後半はかなりゴチャゴチャしていて展開が少々雑なのが残念だが、ラストでのコスナーの佇まいは、ただそこに存在するだけで映像そのものをとてもリッチにしており、『パーフェクト・ワールド』(93)や『マン・オブ・スティール』(13)のような、“いつものコスナー”に戻っているところが、ご都合主義とはいえ、物語ともきちんと連動していてイイ。
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 3月4日(土)、シネプレックスつくばにて。
 妻の葬式が終わった翌日にポルノを見てマスかいていたり、「俺はヤりたいんだ」と言ってFワードをガンガン連呼したりするロバート・デ・ニーロの姿は、あまりにも下ネタがストレートで、近年は作品選びに拘っているように感じられないとはいえ、かなり衝撃的である。
 しかし、『タクシードライバー』(76)や『レイジング・ブル』(80)といったマーティン・スコセッシ作品で、“制御できない情念にとり憑かれた男”を演じてきたデ・ニーロにとって、本作での途轍もないエロジジイの役は、実はお手のもの(?)なのかもしれない。汚い言葉の連打もスコセッシ作品で何度もやってきてるしね。
 物語の展開はけっこう雑ではあるけれども、デ・ニーロをはじめとして、ミツバチのぬいぐるみで股間を隠して「マカレナ」を踊るザック・エフロンや、顔に卑猥な落書きをされながらも弁護士らしく堂々と演説をかますダーモット・マローニーの、文字どおりの体を張った演技が、とにかく下品で笑える。
 そして、「正面から痛みを受け止められれば、大抵のことはやり抜ける」とか「抑圧からの解放だ」とか、デ・ニーロのカッコイイ台詞がありながらも、“おじいちゃんと孫のいい話”で終わらせないところもイイ。デ・ニーロの親友をダニー・グローヴァーが演じているのもツボである(やっぱりスケベである)。
 3月1日(水)、シネプレックスつくばにて。
 寝ながら天井の木目をなぞったり、手を交差させながら少ない食材を数えたりと、本作では主人公の「指」の動きを思わず観てしまうが、爆弾によって姪っ子と右手を失った瞬間が大好きな絵によって表現されたり、故郷の広島から吹き飛ばされてきた障子に子供の頃の思い出が映し出されたりする場面では、主人公の“喪失”が描かれながらも、決して映像が陰惨になることはなく、日記のような展開によって、「苦しみ」と「笑い」が交差する物語が引き立っている。
 また、青空を徐々に埋めてゆく爆弾の煙を様々な色彩で塗りつぶす想像をするシーンや、小さな明かりが少しずつ戦争の終わった呉の街に灯ってゆく場面では、幻想のような、または夢想のような、アニメでしかできない演出の力を感じた。
 オープニング曲である「悲しくてやりきれない」の、コトリンゴの呟くような声もイイが、主人公の声を担当したのんの、なんともいえない情感を漂わせた声には、グッと耳を引きつけられた。
 2月14日(火)、シネマサンシャイン土浦にて。
 魔術師たちがビルの壁を走るシーンは『恋愛準決勝戦』(51)にエッシャーのだまし絵をブレンドさせたみたいだし、時間の逆回転するシーンは映画を誕生させたリュミエール兄弟の時からの視覚効果でありながらアイディア満載である。
 また、主人公が強大な敵と対決するクライマックスで、“永遠に負けてやる”ことで“勝利”する展開は、時間と空間の芸術である映画との相性が抜群である。
 あまりにもキッチリとした仕上がりのため、「良く出来てるね」という言葉以外に何もないが、気まぐれな“浮遊マント”がチャーミング。主人公の涙を拭いてやるところとか、イイ感じ。
 2月11日(土)、シネマサンシャイン土浦にて。
 本作の監督である矢口史靖は、ハリウッド製パニック映画を『ハッピーフライト』(08)で日本製ウンチク職人映画に変換していたが、今回はディザスタームービーを家族再生コメディ映画として演出している。情報がほとんど入ってこない中で、ひとつの家族のサバイバルを描いているところも、スティーヴン・スピルバーグの『宇宙戦争』(05)に似ている。
 しかし、どこか時間が停止したかのような空間で展開される物語は、父親が離れ離れになった妻や子供たちと意外な場所で再会するような、相当にバカバカしいシーンがありながらも、日本中が停電して人々が右往左往するという、現代人ならではの「悲劇」にコメディが押され気味で、もうちょっと「笑い」が弾けていればなぁと、少々残念。まぁ、矢口が監督していなければ、単なるシリアス映画にしかならなかったのかもしれないけれど・・・。
 それでも、「この子たちの分だけでいいから、お願いします!」と人目も憚らずに叫びながら土下座して食べ物を分けてもらおうとする、小日向文世の“ダメ親父だけど頑張ります!”な演技や、どこかトボけていながらも、主婦の知恵を使って困難を切り抜ける妻を演じた深津絵里のように、登場人物たち全てがしっかりと描かれている。特に、電気がなくとも生きる術を弱り切った家族に教えことになる、たった一人で田舎に暮らすたくましい老人を演じた大地康雄がとてもイイ。
 そして、目の見えないおばあさんが暗いトンネルの道案内でお金を稼いだり、水族館の魚たちを焼いて食べることにしたり、煙をモクモクと上げながら蒸気機関車が動いていたりと、あっと驚くアイディアで観客を引きつけるところは、やっぱりいつもの矢口である。小日向が鼻血を拭いた時、千切れたティッシュが口の上にこびりつく描写も、相変わらずウマい。
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Author:HORIDASHIDOGU
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