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 2月26日(金)、シネプレックスつくばにて。
 仕事中に誤って恋人を殺してしまったことを悔んで口に銃を突っ込んで自殺しようとしたり、激しい雨に打たれながら敵と殴り合いを繰り広げたりと、本作でアブない元警察署長として顔を出したメル・ギブソンが『リーサル・ウェポン』(87)で演じていたアツい“人間凶器”へのオマージュを、主人公のエミール・ハーシュが体現していて、思わずニンマリする。
 また、誤射によって本来なら望まぬ境遇で苦悩する警官が事件に巻き込まれたり、超巨大ハリケーンの接近によってマンションから出られなくなった人々と強盗団が戦ったりと、まるで『ダイ・ハード』(88)を想起させる物語であり、低予算ながらも本作のスピリットは、80年代に二つの傑作シリーズを製作したジョエル・シルバーへのド直球なリスペクトなんじゃないか?敵と無線を使って駆け引きするシーンもあるしね。
 マンションの一室が武器庫みたいになっていたり、ナチスに盗まれた絵画が出てきたりと、映画を盛り上げるアイディアはいっぱいなのだが、いまいち物語と絡み合っていないのが勿体ない。避難の必要な規模のハリケーンなのに風も弱々しいし、“警官嫌いのペット”が登場した途端に結末もなんとなく分かってしまうのが残念だが、眼光鋭いギブソンが弾丸を放つシーンだけでも映画のボルテージがグッと上がる。主人公と行動を共にする警官を演じたステファニー・カヨがキレイ。
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 映画館のロビーには、絶対に『花束みたいな恋をした』を観に来たわけじゃないであろうオッサンたちが大勢いて、失礼ながらも「あぁ、俺の仲間がいっぱいだなぁ……」と脳内で呟いた。入場者プレゼントの特製クリアファイルももらえた。
 オープニングからいきなり顔に水がブッかかったり、ミサイルの発射で劇場内がピカッと光ったりと、「映画を体感させる」4DXの特殊効果が楽しいが、南雲と柘植が再開するシーンでは、もうちょっと雪を降らせてくれないかねぇ。劇場内は暗いから余計に見えにくかったのかもしれないけれど、スクリーンの上からパラパラッとしか降らなかったのが残念。まぁ、とても良いシーンだから、特殊効果を敢えて抑えたのかもしれないけれどね。
 でも、「なんか騙されてるなぁ」とは思いながらも勢いで納得させてしまう物語の強度は相変わらずだし、後藤隊長はやっぱりカッコ良かったですよ。特車二課のメンツが徐々に揃ってゆく展開はエモーショナルだしね。1993年の初公開から28年経っても、全然古くならない傑作だね。
 懸賞金のかかったギャングのボスを連行するために、手下たちの待ち受ける荒野の一本道を自動車で進んでゆく弁護士を演じたリチャード・ウィドマークがイイ。
 犯罪組織の弁護を引き受けていたが、保安官の父親を撃ち殺された後は、まるで西部劇のヒーローみたいになるところが、『町の野獣』(50)や『刑事マディガン』(68)のような、悪事を働いても最後には改心して命を投げ出したり、女の裸に気を取られて拳銃を盗まれたりと、悪と善の狭間で揺れ動いたり、弱い部分を曝け出したりするところが、いかにもウィドマークらしいキャラクターなのだ。
 そんなウィドマーク演じる主人公に複雑な感情を抱く保安官代理の弟や、以前は主人公と恋仲だったが今は弟と結婚しているヒロインといったキャラクターが物語に絡んできて、“家族”のドラマも描かれてカッチリと撮られているけれど、少し平板な印象。映像にピリッとしたところがあまりなく、飛行機の爆発するラストもちょっと弱い。まぁ、脅し文句を並べたてる親分の足元に、ウィドマークが銃弾を何発も撃ちこんで黙らせるところは、けっこうゾクッとしたけれども……。
 とにもかくにも、ヒロインを演じたティナ・ルイーズがキレイ。
 『寒い国から帰ってきたスパイ』(1963)や『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(1974)のように、「非情な組織に抵抗する個人」をテーマとしたジョン・ル・カレの小説は、冷たい緊張感を漂わせながらも、現代に生きる私たちの社会そのものを抉り出しているようでもあった。
 遺作となった『スパイはいまも謀略の地に』(2019)は、窓際スパイが愛する妻と協力して、己の属する組織に一泡吹かせる痛快な作品であり、以前の重厚な筆致よりも軽やかさが際立っていたので、すでに高齢だったとはいえ、今後の活躍を期待していただけに残念。
 映画になった『裏切りのサーカス』(2011)や『われらが背きし者』(2016)、そしてTVドラマの『ナイト・マネジャー』(2016)で、原作者としてチラッと出演する茶目っ気が微笑ましかった。

 ここに謹んで哀悼の意を表します。
 初公開時に「これぞ怪獣映画!」と大絶賛され、後に平成ガメラシリーズ(95~99)の第一作となった傑作が、新たな技術で生まれ変わったとあって、丸の内ピカデリーにあるDolbyCinemaでの15時50分の上映回は9割以上の席が埋まっていた。いかにも特撮が好きそうなオッサンばかりが観客の大半を占めていたが(当然オレも)、怪獣好きな彼氏に誘われたのかは分からないが、若い女性もチラホラといたっけな。
 ドルビーシネマの説明から始まって(けっこう長い)、1995年の初公開時にはあった東宝マークはなくなり、大映マークから本編が始まった。
 映像のクオリティが以前と比較してどのように変化したのかはショージキよく分からないのだが、謎の漂流環礁の石板の「耳鳴りのような」音とか、夕陽によってオレンジ色に染まった空で、ギャオスを追いかけるガメラが登場するときのジェット噴射の音や、破壊された東京タワーに卵を産んでいるギャオスに地底から向かってゆく時のガメラの移動する音とか、これまで聴き取りにくかったり認識できなかったりした「音」がしっかりと聴こえるため、とても臨場感のある映画体験となった。
 ギャオスを追って飛行していたガメラが、自衛隊の放ったミサイルを二発食らったくらいで落ちてしまったり、戦車隊の集中砲火によって手を震わせながらヒイヒイ言っていたりと、「怪獣」よりも「生物兵器」としてガメラを描いているためか、『GODZILLA』(98)のトカゲのようなゴジラほどではないにしても、ガメラがけっこう弱いのがちょっとイヤなのは、公開当時から変わらない不満な点ではあるが、ガメラのプラズマ火球で頭を吹き飛ばされたギャオスが、空中に向かって超音波メスを吐く断末魔や、勾玉によってガメラと交信できる少女を、死闘が終わったガメラが優し気な表情で見つめるシーンとか、シリーズがハードな展開になっていくにつれて無くなっていった昭和ガメラシリーズ(65~80)の面影もある作品だなぁと思いもした。
 大人向けでリアリティのある「本格的な怪獣映画」としての本作を持ち上げるために、ファミリー向けでファンタジックな平成ゴジラのVSシリーズ(89~95)を貶すという風潮が、94~95年の「宇宙船」という雑誌の批評やお便りには多かった記憶があり、ゴジラが大好きなオレはすごくイヤな気分になぁ……とか、本作が公開した少し後に地下鉄サリン事件が起こったんだよなぁ……とか、当時の空気を思い出しながらの鑑賞だった。
 とにもかくにも、ギャオスを追いかける鳥類学者の長峰真弓を演じた中山忍を再びスクリーンで観れたことはとてもウレシイ。目の前に現れたギャオスに一瞬ひるんだかと思いきや、ヘリコプターのドアを開けてカメラのシャッターを何度も押して、夜行性のギャオスをフラッシュによって追い払ったり、身勝手な環境庁審議官を一括したりと(審議官を演じた本田博太郎も、憎たらしいながらも情けなくてナイス)、カッコイイのである。大きい目がキリッとしていて美しく、本作より以前に『ゴジラVSメカゴジラ』(93)にも出ており、ゴジラ作品とガメラ作品の両方に出演している稀有な俳優さんなのである。まぁ、初公開より25年を経た現在でも、相変わらず美しいけどね。
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