9月18日(月)、シネプレックスつくばにて。
 なんといっても、マイケル・キートン。
 マクドナルド兄弟の作り出したシステム―客から注文を受けて30秒でハンバーガーを差し出すことを可能にする―に目をつけて、無茶苦茶な勢いでフランチャイズ化を推し進め、自分の儲けをもっと多くするために、兄弟との契約を強引に破棄し、挙句の果てには彼らを経営から追い出し、ずっと献身的に尽くしてきた夫人と離婚したら、今度は部下の妻を自分のものにしてしまう主人公のレイ・クロックを、まるでケネディ一家を下品にしたような滑稽なスマイルと、「ライバルが溺れていたら、ホースを口に突っ込む」と声を荒げる冷酷ぶりで、本作にピカレスクな雰囲気をプンプンと漂わせている。そういえば『スパイダーマン:ホームカミング』(17)でも、単純に悪とは言い切れない人物を演じていたっけな。
 鏡を前にしてスピーチの練習をするラストでも、うだつの上がらないセールスマンの頃に聴いていた自己啓発のレコードの内容そのままであり、「鏡」が主人公の“虚像”を描いている、というより、“実像”までも綯い交ぜとなった存在を冷ややかに映し出し、妙な寒々しさを感じる。
 他の登場人物たちに必要以上の深入りはせず、「他人のアイディアを盗んででも儲けた人間が勝利者なんだ!」という資本主義の権化のような男にフォーカスした物語であることも、キートンのテンションの高い演技から魔力を引き出しており、泥臭く“アメリカン・ドリーム”を描いた秀作となった。
スポンサーサイト
 9月10日(日)、新宿シネマカリテにて。
 ドイツ陸軍連隊の神話的存在である主人公のシュタイナーを、アメリカ人であるジェームズ・コバーンが演じ、また、大佐をはじめとする登場人物たちが英語で会話することで、物語がリアリティの縛りから解放され、第二次世界大戦に参戦したあらゆる国の軍隊で起きたかもしれない普遍的な作品となっている。
 激しい銃撃や爆撃によって吹き飛ばされる兵士たちをスローモーションを用いてクロスさせながら捉えた後、射撃する兵士のいなくなった機関銃や惨たらしい死体を映し出し、戦場が静寂に包まれる瞬間を描くことで、戦争の悲惨が一気に観客へと叩きつけられる。
 自分を裏切って部下たちを機関銃で射殺した少尉に、シュタイナーが怒りの眼光で銃弾を撃ち込むシーンは、本作の監督であるサム・ペキンパーの真骨頂。『ワイルドバンチ』(69)や『ガルシアの首』(74)でのバイオレンスを彷彿とさせる凄まじさだ。
 そして、シュタイナーと敵対する狡猾なシュトランスキー大尉を憎々しげでありながら滑稽に演じたマクシミリアン・シェルがいなければ、ラストでのコバーンの諦念を湛えた大きな笑い声は強いインパクトを放たなかったかもしれない。
 「イヤな野郎たちだけど絆が強い奴ら」であるシュタイナーの仲間たちの「イヤな野郎」度が意外と低いのだが、『ワイルドバンチ』ミーツ戦争映画であり、“負け犬たちのプライドを賭けた闘い”を描いてきたペキンパーの傑作となった。
 8月20日(日)、USシネマつくばにて。
 主人公の聴いている音楽とカーチェイスや銃撃戦が完全にシンクロしており、クールなドライビングテクニックや激しい銃声がメロディを奏でている。「イカしたミュージックとカッコいいアクションをブレンドしたい」という作り手のパッションが炸裂しており、オープニングだけでも活劇としての完成度がとても高い。
 それでいて、自分の決断によって主人公が代償を払わなければならなくなる展開は、苦い青春物語としてもキッチリ成立している。なんだか、スタイリッシュにキメたワルたちを描きながらも、ラストはちゃんと“道徳”していた『レザボア・ドッグス』(92)を連想してしまった。
 そして、登場人物たちもクセモノ揃いで、特に、自分たちから盗んだ金を銀行から奪って何が悪いと自らの行為を正当化し、気に入らなければネチネチとケンカを売って仲間を苛立たせ、あっさりと人の命を次々に奪ってゆくブチ切れ強盗を演じた、ジェイミー・フォックスのイカれ外道ぶりが凄まじい。主人公に鉄骨で串刺しにされた時、観ているこっちもホッとしたくらいだから、ホントにムカついていたんだろうなぁ。
 主人公を守ろうとする人々の気持ちが、“小さいけれど大きな奇跡”を生むラストも小気味よく、瑞々しいラブストーリーも包含しながら、ジャンルの区別を颯爽と跳び越えた傑作となった。
 8月12日(土)、109シネマズ二子玉川にて。
 主人公のスパイダーマン=ピーター・パーカーが、トニー・スタークに一人前のヒーローとして認めてもらいたいがために、独りよがりな行動によって多くの人々の命を危険に晒してしまう物語を、観客にハラハラドキドキさせる演出で引っ張ってゆくには、少年たちの悪戯心が取り返しのつかない惨劇を引き起こしてしまう『コップ・カー』(15)を監督したジョン・ワッツの手腕が必要だったに違いない。
 しかし、『コップ・カー』が出口の見えない息苦しさを感じさせるラストであったのに対し、本作では、自分の軽率さを悔いたパーカーが、“ヒーローになることの決意”によって強敵に立ち向かい、事件を解決させる。そんな彼の決意が、苦い結果を伴うことになるのではあるけれど・・・。
 サム・ライミの監督したシリーズ(02~07)や、マーク・ウェブの手がけたシリーズ(12~14)と、リブートにそれほど間が開いていないためか、ピーターがどうして超人的な力を持つことができたのかが短い台詞で語られるだけなのは少々首を傾げるし、マイケル・キートンが好演しているとはいえ、悪役のバックボーンをもう少し踏み込んで描いてほしかった気がしないでもないが、熱意が空回りしながらも一生懸命に頑張るティーンエイジャー・ヒーローには、どうしても胸が熱くなる。
 なによりも、目的地になかなか到着できずに、夜のゴルフコースをあたふたと横切ってゆくスパイダーマンを、ロングショットで小さく捉えたカットが、いかにもワッツらしくて最高。
 8月12日(土)、109シネマズ二子玉川にて。
 人類の歴史に金属生命体であるトランスフォーマーたちが関わっていたという、1980~90年代に矢追純一のUFO番組で特集でもされていそうな物語は、展開が混乱していてどうにも理解できないし、戦闘に赴く主人公たち以外に人のいる気配の全くしないストーンヘンジでラストバトルが繰り広げられるために、逃げ惑う人々が描かれず人類滅亡の危機が感じられないし、マイケル・ベイ作品のトレードマークである大爆発も、前作の「トランスフォーマー/ロストエイジ」(14)よりもなんだかおとなしく、少々期待外れではある。
 それでも、人類の味方であるオートボットのバンブルビーが、自分の体をバラバラにして敵を油断させた後に再び合体して戦闘するところや、スクィークスやコグマンといった体の小さいトランスフォーマーたちが、いざという時に己の能力を発揮して巨大な仲間たちを助けるシーンは、けっこう「おっ!」と思わせるし、オートボットのリーダーであるオプティマス・プライムが、アクションでポーズをキメながら、「私はオプティマス・プライム」とシリーズ恒例の台詞を炸裂させるところは、相変わらずカッコイイ(それでいて相変わらず間抜けでもある)。
 前述した人類滅亡の切迫感が希薄なのも、これまでのシリーズで散々絶望的な状況に追い込まれたために、人々の危機感がイカレてしまったのではないかというくらい、マンネリにも程があるけれども、チラッと光るところもある作品ではある。
 超大作であるにもかかわらず、エンドクレジットがやたらと短いしね。
プロフィール

HORIDASHIDOGU

Author:HORIDASHIDOGU
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR