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 ゴジラと成虫モスラが闘うシーンで、明らかに両者の顔が違っているカットを見た瞬間、目がハッとなった。後にギニョール(手踊り人形)だと判ったが、子供心に妙な違和感が残りながらも、「人形なんかじゃない、本物なんだ」と自分に言い聞かせていたのを思い出す。撮影の有川貞昌が、特技監督の円谷英二に、「顔が違うからやめた方がいいんじゃないか」と意見すると、円谷は、「なあに顔が違ったってこの画がある方がいいんだ」と言ったというエピソードも印象深い。
 この、映像を自分なりに解釈して納得するという見方は、薄っぺらなコンピューター画像を見て「これは本物なんだ」と思う(しかない)CGの見方と本質的には変わらないのではなかろうか。特撮=古臭い、SFX=最先端という見解など、全く成立しない。
 名古屋市街を破壊しても、防衛隊の攻撃を受けても、伊福部昭の荘厳なテーマ曲をバックに、悠々と歩くゴジラの姿は実に様になっているが、この作品のゴジラは、いつ見てもいい顔をしている。悪役として描かれていながらも、どこか愛嬌があるのが、その要因であろう。成虫も幼虫も、モスラは実に健気な顔をしており、特に幼虫は、ゴジラの尻尾で何度も叩かれながらも、ゴジラに立ち向かうひたむきさがいい。
 それは、登場人物にも言えることで、主人公の新聞記者を演じる宝田明の誠実さ、星由里子の純粋さ、小泉博の実直さといった、人間の良心を代表する側と、興行師を演じる佐原健二の狡猾さ、田島義文の傲慢さといった、人間の欲望を代表する側、その両者の「顔」が、シリーズを通して本作ほどインパクトを持っているものはなく、特撮も本編も、まさに「顔」の映画といってよい。
 そう考えると、前述した怪獣の顔に対する違和感も、不思議と気にならなくなる。ゴジラだけでも、着ぐるみやギニョール、遠景用人形など、様々なツールを必要とする。もしかしたら、手造りによる顔の相違が、表情に豊かさを与えていたのかもしれない。
 そういえば、後に特技監督となった有川も、カメラマンに円谷と同じ事を言ったらしい。
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