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 前作『マイアミ・バイス』(06)から、マイケル・マンの演出は、登場人物の内面を中心としたものから、物語の世界観を中心としたものに変化している。以前なら、じっくりと描き出すことで生まれる人物の深みこそ、マンの特長であったわけだが、前作でもこの作品でも、彼らの感情は物語の中に包み込まれているため、一見、書き割りのようであり、最近のマンの作品に対する観客の不満は、ここに端を発している。
 しかし、作風の変化は人物描写を薄っぺらになどしていない。映画を注意深く観ると、マンは俳優たちの表情から滲み出る感情を映像に掬い取ることで、人物に深みを持たせており、時にエモーションは、映画と観客との距離を破壊する程の魅力を放っている。
 それは、FBIに連行される恋人のフレシェット(マリオン・コティヤール)を救い出すことができず、車の中で泣き崩れるデリンジャー(ジョニー・デップ)の表情であったり、仲間を殺した強盗に銃弾を放つ時の、目を見開いたパーヴィス(クリスチャン・ベイル)の表情であったり、捜査員に何度も顔を殴られながらも、デリンジャーの居場所を言おうとしない、フレシェットの毅然とした表情であったりする。
 その最高潮が、鉄格子越しに対面するデリンジャーとパーヴィスの心理戦だ。パーヴィスの心の内を見抜く、自信に溢れたデリンジャーの表情と、自分の心をデリンジャーに見透かされ、動揺を静かに押し殺すパーヴィスの表情を、まるで鏡の中の自分と対峙しているかのように、二人を交互に映し出すことによって、一見、正反対に思える感情を、両者が共有していることが端的に示され、銀行強盗とFBI捜査官という立場の違いこそあれ、実は二人は似た者同士であることが、瞬時に理解できる名シーンとなっている。
 マンの人物描写に惚れ込んでいた観客にとっては、作風の変化に戸惑いを隠せないだろうが、彼の力量を堪能できるのは、むしろ近年の作品のほうではないだろうか。登場人物達の表情が放つ、一瞬の感情の迸りが素晴らしい快作の誕生である。
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