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 『ブラック・クランズマン』の短評
 5月19日(日)、キネマ旬報シアターにて。
 二人で一人の人物を演じて白人至上主義団体のKKK(クー・クラックス・クラン)に入会して悪事を暴こうとする黒人とユダヤ人の刑事の物語は、新米ながらも自信たっぷりの口調で「俺は黒人が嫌いだ」と偏見まみれの白人に電話で言ってみたり、プロでありながらも「白人のつもりだったが、今は全力で否定してる」と自分の葛藤をボソッと呟いたりと、二人が組織に潜入することで、コメディの要素を取り入れながらも、彼らが自分たちのルーツとも向き合わざるを得なくなる展開が巧みである。
 また、黒人を目の前にして“カエル”と平気で口走る警察内部での人種差別があったり、逆に黒人は警官を“ピッグ”とよんで軽蔑したりと、主人公が「潜入」を仕事とすることによって、1970年代の白人と黒人の差別に対する感情も伝わってくる。
 そして、ブラックパンサー党のリーダーであるストークリー・カーマイケルの演説を延々と映し出し、KKKを英雄のように描いた『國民の創生』(1915)を観て、白人の人種差別主義者たちが狂ったように拍手する姿と、そんな露骨な偏見を帯びた作品によって引き起こされたリンチ事件をひとりの老人が語り、集会に来ていた多くの黒人たちが憤激する姿を、カットバックを使って描写することで、監督のスパイク・リーは、作品のバランスを崩してでも、アメリカで虐げられてきた黒人の苦闘を、あらん限りの力で観客に届けようとしており、スクリーンから放たれる熱気が凄まじい。
 後半になるとサスペンスがちょっと雑になるが、やはり物語の統一感を犠牲にしてでも、「今も昔もアメリカはちっとも変わっていないじゃないか!」という叫びを、スパイク・リーはラストで投げかける。KKKの最高幹部のデヴィッド・デュークが何度も言っていた「アメリカ・ファースト」ってフレーズは、2017年に大統領になったドナルド・トランプも演説で使っていたよな・・・。
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