「海の沈黙」(過去に書いた駄文から・・・その2)

Category : 劇場公開作品

 ジャン=ピエール・メルヴィルの処女作であり、第二次世界大戦中のフランスで、家に寄宿したドイツ軍将校に対して沈黙をもって答える老人と姪の物語と聞けば、『サムライ』や『仁義』といった、徹底的に台詞を削ぎ落とし、登場人物の行動によって彼らの感情を描く、彼独特のスタイルを期待してしまうが、物語の最初から最後まで、老人のモノローグが絶えることがない。
 いや、作品世界の中では、老人はほとんど話さないのだから、最初から彼のスタイルが完成されていたと考えることもできるが、この点に関しては、正直、意外だった。もっとも、メルヴィルは原作を忠実に映画化することを目標にしていたため、そのような手法を採用したのだろう。それによくよく考えてみれば、『サムライ』も『仁義』もメルヴィルの後年の作品であり、それ以前の『賭博師ボブ』や『いぬ』は、それほど台詞が少ないわけでもなく、登場人物の人となりや複雑な物語を理解するために、むしろ重要でさえあり、台詞に頼らずに映像の力のみで映画を創造した監督、という見方は一方的なものであったことが、この作品を観てはっきりした。
 しかし、登場人物の間に生じる緊張を描くときには必ずアップで撮影されていたり、老人が暖炉にかざす手の動きの細部を執拗なまでに描写したりと、映像に個性的な「文体」がはっきりと表れているのは、まさしく、メルヴィルのスタイルである。また、ドイツ軍の将校たちが、事務所の一室で楽器を奏で、酒を片手に語り合うシーンは、その後のメルヴィル作品に頻繁に登場する、ナイトクラブのシーンを想起させる。このような「男の社交場」を撮らせるとメルヴィルは抜群に上手いが、その萌芽を垣間見ることができる。
 姪が老人と話す場面が無ければ、最後のインパクトがより強くなっていたかと思うと、かたはらいたいが、処女作でこれだけの傑作を創ったメルヴィルの才能には、感嘆せざるをえない。低予算のために、ほとんどの場面が室内での撮影という手法が、この作品の持つ、戦争への静かな怒りを含んだ空気に、見事なほど合っている。
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