「ハート・ロッカー」(過去に書いた駄文から・・・その5)

Category : 劇場公開作品

 国連の施設付近での、見えない敵に警戒しながら狭い車の中で起爆装置を解除するシーンや、何も無い砂漠で遠く離れた建物内の敵と持久戦を展開するシーンなど、場所の特徴を上手く利用したアクションによって、息苦しいまでの緊張感が伝わってくる。
 また、遠隔操作で爆弾調査をするロボットを使わずに、防爆スーツを着込んで、悠々とした足取りで爆弾のある場所まで行き、緊張している自分を楽しみながら、爆弾を解体する主人公の姿は、自分の勘しか信用しない職人の雰囲気が漂っており、まさにアクション映画にぴったりのように思える。
 実際は、爆弾処理という危険極まりない作業による興奮を味わいたいが為に、主人公は無茶な行動を取るわけだが、そのような彼の姿こそ、俗に言う「ヒーロー」の姿そのものではないか。彼は戦場で英雄視されているわけではなく、仲間を危険にさらす厄介者でしかない。彼が必要とされるのは、「爆弾処理の瞬間」その一点に尽きる。処理した直後、彼は賞賛されるが、それも一瞬の出来事でしかなく、その後は只の変わり者でしかない。
 だから、自分が六つの爆弾に取り囲まれていると知ったときの、「すげぇ」という主人公の言葉に、私は高揚感と冷笑を隠せない。生きる実感を死と隣り合わせの場所でしか持つことができないがために、その行動がヒーローそのものになってしまう滑稽さと相まって、ある種の痛快さをスクリーンから発散しているからだ。
 そして、主人公はヒーローであり続けるため、生の実感を持ち続けるために、長い戦場生活を選択する。この作品では、戦争も日常の一部分でしかなく、どこか退屈な空気を漂わせているが、それだからこそ「爆弾処理の瞬間」に主人公が生のエネルギーを発散できるのだろう。本当は、自分がかわいがっていたイラク人の少年の顔の区別も分からない、「普通の」アメリカ兵の一人でしかないのだが。
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